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自分の価値判断を人に委ねない

人のお役に立ちたい
人を喜ばせたい

という願いを持って、生まれてきた私たち。
その気持ちはずっと変わらないでしょう。

でも、その割には報われないでしょう?
いくら、感謝されるためにやっているのではない
結果が欲しいわけじゃない
(地位、名誉、金銭)
と言っても、あまりにも理不尽だと、嫌になりませんか?

それは努力のし甲斐のない
どこまで行ってもゴールのない
まるで底なし沼にはまり込んだような
そんな気配もありませんか?

それは、奉仕の心、人を幸せにしてあげたい
という清らかな気持ちを、自分で認めるのではなく
人に委ねているからです。

こんなに頑張っているのだから
いつか分かってくれるはず。
いつか変わるはず。
私の気持ちが通じるはず。
などと、一方的に尽くしているのですが
それはただ単に、思い込みであって
自分の生命エネルギーを差し出しているだけなんです。

そして、無言でですが
認めてくれるのを心のどこかで待っているのです。

そういう相手ほど、認めないので
もっともっと差し出すことになります。

それは、支配者と被支配者の関係であり
召使い的でもあり、奴隷的でもあります。
終わりのない共依存関係でもあります。

そうやって、支配し搾取するものと
支配されてすべてを差し出すものとの両極が生まれます。

theme : 癒し・ヒーリング
genre : 心と身体

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生命を輝かせるために

繊細で敏感な私たちは
親や、学校や、社会に出て教えられたことは
全く役に立ちません。
これからは特に。

誤作動を起こします。

自分のハートの感覚に従って生きるしか
自分を生きる道はありません。

そして自分を生きることでしか、生命を輝かすことはできないのです。
私がよく書いている、我がままに生きるとは
そういうことです。

我がままとは、自分勝手というのではなく
自分に正直に
自分に嘘をつかない
嫌なのに我慢していい人を演じない

ということです。

これは本当に、私たちのピュアな生命、魂を曇らせます。
そして、年を追うごとに変化して行く地球の波動の変化
上昇するエネルギーに敏感になってくるので
もうどうやってもごまかしが効きません。

私たちの中のより純粋な意識
それを早く見つけ出して
救出して
息を吹き返させてあげなければなりません!
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調和すること

朝起きて、こんな言葉が浮かんだので書いておきます。

「調和とは、自分の力を出し過ぎないこと」

これは、純潔同盟にとって意味ある言葉だと思います。

この場合の力とは

頼まれてもいないのに、人を助けない
自分の存在価値を高めるために、人に過剰に気遣わない
尽くす意義、価値のない人に尽くさない

などがあります。
もっとありますが、とりあえずこれだけね。

なぜこれが調和をもたらすのかというと

依存をなくすることができるから
その分人が自分でやらざるを得なくなるから
結果周りの成長を促すから
そうすると自分が楽になり
人に助けてもらえるから

となりますね。

何事もやりすぎない
バランスが大事だということです。
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なぜ生きにくいのか2

先の記事に

「生まれた家、親、環境が合わないところに生まれて育った」

と書きましたが
よく、親を選んで生まれて来る、といわれますよね、霊的な考え方で。

でも、そうなのかな~と最近思うんですよね。
もちろん、自分でこの親、と選んでくる部分はあると思います。
でも、全部ではない気がします。

当りと外れもあるような気がします。

ただ、エンパスの人は特に
過酷な家庭環境と深く傷ついている親を選んでいます。
そうすると、より深く学べるから。
そして、物事にいいも悪いもないから、どれだけ込めて生きるか
どれだけ人生を味わい尽くすかが大事だ、なんても言いますね。

そして、メインブログにもよく書いてきましたが
もうこれからの時代は、親も家もいつまでも気にせず
自分からの家族や、世界を創っていくことに意識を向けて行く
という時期になって来ています。

血のつながりは深いものがありますが
魂のつながりのある新しい仲間、家族を探していった方が
より自分らしく生きることができる。

そして、生まれた家と親が、当たりであっても、外れであっても
自分の魂がより輝く生き方を求めて行くといいと思います。

繊細な人は、弱いように見えますが
実はとても強烈な個性を持っています。
好きと嫌いがはっきりしています。

そして自分をごまかせません。
自分にだけは嘘がつけないのです。

変な風に表現すると
自分に嘘をつき、ごまかして生きていると
自分の中から自分で蒔いた毒が浮き上がって来て
苦しくなって、どうしようもなくなる、みたいな感じです。
そんな時は逆らわずに、嫌なものは嫌、と言い
サッサと手放すことです。

そして、もっとずるく立ち回ることです。
真正直に生きない。
テキトーにこなす。
いい加減になる。

正面から受け止めて、誠実に対応しない。

困っている人は、ふーーん・・・と見過ごす。

これくらいがちょうどいいのです。

だから、選んだ家や親が外れの時は
クールに捨ててしまうんですよ。

大丈夫、そうやっても絶対にバチは当たらない。
自分なりに努力してもどうにもならないものは
思い切って見捨てると
魔法のように、自分を取り巻く状況が変化するのです。

嘘だと思ったら、試してみてください。

theme : 心の持ち方
genre : 心と身体

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なぜ生きにくいのか

さて、それでは本格的に記事を書いていきたいと思います。

最初に、これはどうしても書かなければ、ということを書きます。

共感性の高い人のことをエンパスと言います。
共感性と、繊細さ、純粋さもありますが
多くは、それをうまく生かすことが出来ず、過敏となり
世の中のこと、人に対して過剰な反応をします。

特にパニック障害と診断されていなくても
合わないことに対してアレルギー反応を起こしパニックになります。

それには様々な理由があります。
細々とした理由ではなく、ここでは大きな視点で見て書いてみます。

まず、生まれた家、親、環境が合わないところに生まれて育ったため
世の中はこんなもの、とインプットされます。
そして、私が悪いとか、私は不運、不幸、などとインプットします。

そしてここに共感性という能力を使うのです。
場の空気をいち早く察知し、その状況を改善するためにはどうしたらいいか
大切な人(特に母親)を守るためには自分はどうしたらいいのか
誰に頼まれなくても、自分の喜びと相反するものでも
自分を捨て、大切なもの(自分の生命エネルギー)を差し出して
そうやって尽くします。

ごくごく小さい時から。

そうして、私という存在が、透明人間のようになり
自分が誰なのか、何が好きなのか、どう生きたいのかが
わからなくなっているのです。

わかっているのは、私は誰かに尽くさなければ、この場にいられない
ということ。

こうやって、ずっとこれまで、自分の居場所を探し求めて生きて来ているのです。


続く~。


※上記の生命エネルギーとは
生きて行くための生命力のようなものですが
人生を決定して行く運のようなものも含まれます。
本来自分のために使える神から与えられたエネルギーを
人のために差し出すということです。
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プロフィール

マーシャ・エスカローナ

Author:マーシャ・エスカローナ
マーシャ・エスカローナはアンドロメダでの名前とこの地球でのETとしての名前です。

純粋で繊細で、優しく素直で
だからこそ人生においてどうやってもうまく行かない
そんな人たちの魂のサポートをしていきます!

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